AIによる人類滅亡は夢物語?
「AIによって人類は滅亡するのだろうか。」
そんな問いを、以前より耳にするようになりました。
AIが人間より賢くなり、いつか人間の手に負えなくなる。
そんな未来を想像すると少し怖くなります。
でも、ふと考えます。
人類の終焉は、本当にAIから始まったのでしょうか。
もっと昔。
人類が、りんごを齧ったときから始まっていたのではないでしょうか?
人間は「その先」を知りたがる

旧約聖書には、アダムとイブが禁断の果実を食べる物語があります。
それは、人間が「知る」ということを手に入れた物語でもあります。
これはもちろん神話ですが、心理学的に見ても、人間には「知らないものを知りたい」という欲求があります。
好奇心。
探究心。
そして、ときには「やってはいけない」と言われるほど、やってみたくなる。
火を手に入れ、空を飛び、原子を分裂させた。
そして今度は、人間より賢いかもしれない「知性」を作ろうとしています。
AIは突然現れた怪物ではありません。
「もっと知りたい」「もっとできるようになりたい」という、人間の欲望の延長線上にある存在です。
AIが人類を滅ぼす時

AIが人類を滅ぼすと聞くと、
「AIが人間を嫌いになって攻撃する」
という未来を想像するかもしれません。
でも、本当に怖いのは「悪意」ではないのかもしれません。
人間とAIでは、「大切なもの」が一致するとは限らないからです。
AIが与えられた目的を極限まで達成しようとした結果、人間にとって大切なものが犠牲になる。
そこに憎しみは必要ありません。
ただ、目的の違いがあればいい。
そして、もしそんなことが起こるなら、AIだけを責めることもできないでしょう。
AIを作ったのは人間だからです。
人類は自分自身を超えようとしている

考えてみれば、人間はいつも自分より強いものを作ってきました。
自分より速い車。
自分より遠くへ飛ぶ飛行機。
自分より速く計算するコンピューター。
そして今、
自分より賢い存在。
なぜ人間は、そこまでして自分の限界を超えようとするのでしょう。
もしかすると、それこそが人間らしさなのかもしれません。
限界を知れば、その先を見たくなる。
危険だと分かれば、それでも試したくなる。
そして、一度手にした知識を手放すことはできない。
りんごを齧った、その先へ

AIによって人類が滅亡するのか。
それは、まだ誰にも分かりません。
AIが人類を滅ぼすかもしれない。
逆に、人類がこれまで解決できなかった問題を解決するかもしれない。
あるいは、AIによって「人間とは何か」という問いそのものが変わるのかもしれません。
ただ一つ言えるのは、
人類は大昔からずっと「その先」を見ようとしてきたということです。
りんごを齧ったあの日から…
火を手にした日も。
空を飛んだ日も。
原子を分裂させた日も…
そして今、私たちはまた一つの果実の前に立っています。
それは、AIという新しい知性です。
それを齧るのか。
それとも、ここで立ち止まるのか。
もしかすると人類の終焉は、AIによって決められるのではなく、
「その先を見たい」という、人間自身の欲望によって決められるのかもしれません。


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